昔は品位と並行して年収があった。今は品位が関係ない時代になっている。
私、医療系の国家資格を二つ持っています。
基本的に先生達からは
「半年前から勉強しないと間に合わないぞ」
と言われることが非常に多かったのですが、私自身、勉強がめちゃくちゃ綺麗だったので、嫌だ嫌だとごねにごねて一つ目は1か月前、もう一つは4日前から真面目に勉強しだしました。
それでも、そこそこ優秀な成績で通り抜けたので、我ながら要領よすぎだよなぁ、と思ったりします。
では、そんな直前まで何をしていたのか、というと。
頭を使える身体作りをずっとしていました。
その話はおいおいするとして・・・まあ、言ってしまえば基本的には、散歩と読書なんですけどね。
読書も嫌いですが、食わず嫌いは良くない、と思ってしてみたところ、案の定途中で飽きてしまったので、多分決定的に合わないんでしょうね。
ただ、本を読む習慣がないので、読んだ本からの吸収力は我ながら自身があります。
その中で、読んだ本の話を一つ。
タイトルは覚えていませんが、ビートたけしの本だったと記憶しています。
選んだ理由は超簡単。
ブックオフで100円で読みやすそうだったから。
超簡単に言うと、今の世の中は変だ、って話だった気がします。
2010年くらい・・・もっと前に出た本かな。
その時に見て「確かに」と思っていましたが、いまだにふと思い出して「更に悪くなっているんじゃないか?」と思うので、先見の明がすごいんだなぁ、と思います。
その中で一番残っているのが
「今は高級店もお金を払えば入れるようになっているし、入る側もお金しか気にしていない」
というものです。
昔は、その人の器が大きくなるにつれて給料が増え、行けるお店のグレードが上がって・・・としていたはずなのですが、今は良くも悪くも、器が小さい人間でも稼げるような時代です。
そして、稼げれば高いお店でも行けるような、人間の謙虚さもどんどん時代と共になくなっています。
器がないと高い店に行っちゃだめなのかよ!と言われるかもしれませんが、そりゃそうですよ。
だってその場にいる他の器の大きい人を不愉快にさせる可能性があるわけですから。
「客なんだからほかの客なんて関係ないだろ!」っていう考え方をするのであれば別ですが、そういう人はまさに器が小さい典型ですね。
私はお金があっても、高い店は緊張します。
正直、サイゼとか、やっすい居酒屋で十分なレベルです(笑)
それくらい、高貴なお店の敷居には威厳があると思っています。
何より、高いお店って別に美味いとかものが良いのではなく、サービスが良い、という点が一番だと思うんですよね。
整体業界なんかは特にそれが強いですね。
「えっ、この人めっちゃ下手じゃん」と思うような人でも、時間当たりの値段は私より取っていたりします。
腕の良しあしは主観的なものになりますが、その人が直接私に教えて、と言ってきたので、そこは間違っていないでしょう。
ただ、食事をしているときや、勉強会中の動きは確かに配慮が出来ているし、教えてくれる先生に対しても気分を持ち上げるのが上手なので、そこにも患者さんは惹かれて通い、お金を払うのでしょうね。
飲食店も同じで、きれいな器に配慮された盛り付けなど、様々なことが考えて、サービスされています。
そのサービスの良さを認識するには、これまた器が必要です。
だから、高い店に行くには、お金を払う以上に器が重要だと思うのです。
そして、そういうサービスにまだまだ遠慮してしまう私は、高級店には行けないなあ、と思うわけです。
・・・なんて言いましたが、サービスの行き届いてるお店って、こちらの自由が少ないから、私からするとまどろっこしいんですよね(笑)
演出もいらないし、お世話もいらないので、手早く良いものを手に入れたい私には全く合いませんし、そういうものに価値を感じない私の場合、高級店はただの無駄金でしかありません。
逆に言うと、そういうものを選ぶ権利を持つためには、お金を沢山持つ必要もあるわけですけどね。
ただ、結局高級なものの価値をちゃんと手に入れるには、器や品位が大切です。
何よりそこそこの質のものも知っていないと、良いものを判断することもできませんしね。
以前来られた大社長の患者さんは
「美味いと聞けば安くても高くてもどこにでも食いに行く」
と言っていました。
オススメのお店を聞くと、値段は関係なく教えてくれましたが、調べたらとても行けるお店ではなかったのを覚えています(笑)
まあ、その方はうちのことを気に入ってくれて、身体を預けてくれたので、うちの整体院もある意味では高級店としては合格だったのかもしれませんね!(笑)
お金だけでなく、品位を高めていきましょうね、というお話。
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